レオン小説 多分12くらい
レオンの小説を書き直していました。
以前のキリ番であった、『レオンとアルフが初めて会った時』を微改稿。
今長編ばかり書いていて、短編ぜんぜん書いてないです・・・
久しぶりに以前書いた小説読んでも、稚拙な文章が目立つので、そのうちに全部改稿したいです・・・
レオン:14歳 マッドサイエンティスト
アルフ:17歳 レオンの幼馴染
小さい頃の夢を見た。三,四歳の時だろうか。
呼び鈴に呼ばれて家の扉を開けた幼い自分の前に、同じくらいの年頃の子供がひとり。ブラウンの瞳と髪。日に焼けた肌と、所々に貼られている絆創膏から闊達さが伺える。
初対面にも関わらず、やたらと朗らかな笑顔で話しかけてきた。
背は相手の方が高く、黙ってその笑顔を見上げながら、冷めた気持ちで家の玄関を閉めたのを覚えている。
ふと気がつくと、すでに西日が窓から入ってくる時刻だった。ソファに仰向けに寝転んだまま柱時計を横目で確認して、レオンは目の上に乗せていた腕を胸の位置に下ろした。時刻は6時を過ぎたところである。
「勝手に邪魔してる」
降ってきた声に視線を巡らせると、窓のすぐ側に置いてある一人掛けの椅子にアルフが片足を曲げて行儀悪く座っているのが見えた。
以前のキリ番であった、『レオンとアルフが初めて会った時』を微改稿。
今長編ばかり書いていて、短編ぜんぜん書いてないです・・・
久しぶりに以前書いた小説読んでも、稚拙な文章が目立つので、そのうちに全部改稿したいです・・・
レオン:14歳 マッドサイエンティスト
アルフ:17歳 レオンの幼馴染
小さい頃の夢を見た。三,四歳の時だろうか。
呼び鈴に呼ばれて家の扉を開けた幼い自分の前に、同じくらいの年頃の子供がひとり。ブラウンの瞳と髪。日に焼けた肌と、所々に貼られている絆創膏から闊達さが伺える。
初対面にも関わらず、やたらと朗らかな笑顔で話しかけてきた。
背は相手の方が高く、黙ってその笑顔を見上げながら、冷めた気持ちで家の玄関を閉めたのを覚えている。
ふと気がつくと、すでに西日が窓から入ってくる時刻だった。ソファに仰向けに寝転んだまま柱時計を横目で確認して、レオンは目の上に乗せていた腕を胸の位置に下ろした。時刻は6時を過ぎたところである。
「勝手に邪魔してる」
降ってきた声に視線を巡らせると、窓のすぐ側に置いてある一人掛けの椅子にアルフが片足を曲げて行儀悪く座っているのが見えた。
机と対の家具だが、今は窓際に寄り過ぎていて机に用はないらしい。
日に焼け、しなやかに伸びた手足は上下黒の衣服に包まれている。髪と瞳はブラウン。相変わらずよく笑う。
「アルフ行儀悪い。いつ来たの」
「や、大分前。お前すでに寝てたわ」
足を戻しながら答えるアルフに、相槌を打って起き上がる。少々寝すぎたせいか、独特の気だるさがあった。
「昔の夢見たよ。アルフと初めて会ったときのこと」
窓際の椅子を立ち上がったアルフが、レオンの起き上がったソファの向かいに腰掛ける。部屋の中央に配置されたやや柔らかめのこのソファは、たまたま専門の家具店に行った際に、気にいってその場で購入したものだ。色は深い茶色で温かみがあり大きさは2メートル弱。四角い硝子テーブルを挟んで向かい側にももう一つ同じソファが置かれている。
「ああ、あの時……あの時お前、俺が引越し挨拶に行ったのに、何も言わないうちからドア閉めたよな、確か」
「だって必死に手伸ばしてドア開けてさ、会った相手が能天気に笑ってる幼児だよ? あの時僕の嫌いなものベスト三で、一が幼児だったから」
「お前も充分幼児だったろうが。あんときお前何歳だ? 確か俺が七歳?」
「四歳だね。……同じ年頃の子供の煩さと自己中さにつくづく嫌気が差してね。母さんが慣れもしないのに近所の公園デビューなんて狙ったりするからなおさら」
「小さい子って可愛いと思うけど」
「三,四歳は可愛いけど、煩いし、自己中。あの世界は全て思い通りになる、みたいな考え方が嫌だね。中には大人に媚びてほしい物買わせたりとかさ」
「……いや、子供でそこまでは……ってか、お前はやらなかったのか?」
「やったよ。だからかな。同類嫌悪?」
「おまえなぁ……」
ソファに両足を上げて、先ほどアルフが取った姿勢と同じように蹲る。足首を手で掴んで、両膝に顔を埋めた。
行儀が悪いと指摘されながら、同じ姿勢をとったレオンに不満を言おうとして、ふといつもと違う様子に気がついた。
「……おまえ、何イライラしてんの」
「してないよ。寝起きだからじゃない」
「じゃないだろ。何かあったのか」
「……」
重ねて問うと、両膝に顔を埋めたまま、しばしレオンは黙り込んだ。
柱時計の振り子が規則的に振られる音だけが響く。数週間前までこの時間帯はひぐらしの鳴き声がしたものだが、いつのまにか季節は過ぎていたらしい。
自分の膝を見つめていたレオンが、深いため息をついた。
「あーやだやだ。アルフにまで指摘されるようじゃ相当だよね。イライラする」
「俺にまでって――いいけど。で?」
「うん。この頃僕さーレポート書いてたじゃん? 精神世界についての考えと、精神がどこに宿るかの論文」
「ずっとやってた奴な。学会昨日だったんだろ?」
「そ。明確な答えは出てないけど、自分なりには結構満足のいく出来だったんだ。それがね……陽と被った」
口に出すと思い出すのか、見るからに機嫌が急降下していく。
陽というのはレオンの学会友達で、大学院の学生でありながら研究室に閉じこもってばかりいる。アルフもレオンに連れられていった学会で、一度だけ会ったことがあるが、持った印象は『変人』の一言につきる。類は友を呼ぶものである。
「ほんっと信じらんない! 発表僕の2人前だよ? しかもムカつくのは僕より整理できててじいさん達も感心してたし! 言える訳無いから帰ってきたんだけど、それで僕の四ヶ月の苦労がパーだ」
「あー……そりゃ、お疲れ様」
気の利いた慰め文句も言えず、お疲れ様としかいえない。機嫌が直らないようで、膝の間からぎろりと睨まれた。
慌てて言葉を探して、ふと自分も過去に同じような経験を持つことを思い出した。レオンと比べられはしないが、高校2年の夏、宿題の作文がクラスの秀才と被り、やけに居心地の悪い思いをした覚えがある。
「まぁ……そんな時もあるよな。ほら、俺も去年作文とかやって被ったから。居心地悪いよな」
「アルフの作文と比べないで欲しい……」
「や、じゃなくて! 俺も少しは覚えがあると」
「分かってるよ、ごめん、やつ当たり――まあね、わかってはいたんだけどさ」
「何が」
聞き返したアルフに、すぐには口を開かなかったレオンが、急に体勢を直して立ち上がった。扉の方へと向いながら、足を止めずに肩越しに振り向く。
「紅茶でも飲む? 良いのが入ったんだけど」
「いや、俺は――ってか、話は」
「僕が喉渇いたの。飲みながら話そうよ。今ならなんと、お茶請けにイギリス王室御用達、特製マカロン付き」
「飲む!」
実はマカロンはアルフの好物である。扉を開けたレオンは、はいはいと笑って扉の向こうに消えた。
レオンの持ってきた紅茶は、香りが高くて驚くほど美味しかった。ポットと一緒に載せられてきた箱には『Earl Grey Classic』と印字されている。
繊細な絵柄で植物の蔦が描かれているカップは何処メーカーのものかは分からなかったが、名前を聞いた所で意味はないのであえて聞きはしなかった。
青を基調とした一つの大皿にまるで色彩見本のように並べられているマカロンは、まずその色合いに感心した。ちなみに数は八個ある。
「はー……紫? ブドウ?」
「なわけないでしょ。ラベンダー。ラベンダー、カカオ、バニラにカフェ、フランボワーズ、アールグレイ、アニス、ピスターシュ」
「ピス……? どれが?」
「黄緑。ピスタチオ風味のクリームが入ってる。あ、アールグレイだけ頂戴。あとは食べていいから」
「マジで!? 食っていいの?」
「まだあるし。おば様とかにも持って帰るなら後でお土産で持たせるよ」
「わーラッキーやったね」
早速淡い紅茶色のマカロンに手を伸ばすアルフを見ながら、レオンは紅茶を口に含んだ。良い加減で茶葉が開き、香り高い。
「さっきの話に戻るけどさ、天啓って信じる?」
「ふぁ?」
マカロンを口に頬張ったまま、怪訝そうな顔だけ返してくる。その間も手と口は止めないのだから、食い意地がはっているのか、それほど好きなのか。アルフを食事会には連れて行けないな、と改めて思う。
「――ん。なに、典型?」
「天からのお告げ、みたいなもんかな。天啓」
「あまり。それが?」
ピスターシュと説明された黄緑色のマカロンを、しげしげと眺めて口へと運ぶ。口を動かした後に輝いた顔を見ると美味しかったらしい。
「前に人から聞いたことを自分で整理したことなんだけどね」
自分の考えではないのだと前置きして、レオンも紅茶のマカロンを口へと運ぶ。外はサックリ、中はしっとりとしていて美味しい。ただし、少々甘すぎる。
「人間ってさ、これだけの人数がいるからやっぱりある程度考えることは似ると思うんだよね。小説家とかが分かりやすいかな。その人が言うにはさ、小説家がネタを考える瞬間っていうのがあるんだって。で、その瞬間、世界中では似たようなことを何人もの人が考える。それこそ、瞬間的にとか、じっくり考えてね」
「それで」
「だからさ、ネタっていうのは被りやすいんだよ。別に盗作ではなくて、同時に複数の人が同じようなネタが思い浮かぶ。ただし、それを実行した早さで功績をモノにするんだ。有名な人だとベルもそうか」
「ベルって?」
「電話作ったといわれている人。アレクサンダー=グレアム=ベル。
彼が電磁石を使ったマイクの原理で電話機の特許を出願したとき、その二時間後にイライシャ=グレイが液体抵抗式マイクを使った電話機の特許を出願したし、ベルの出願のおよそ2ヶ月前にはかのエジソンも特許を出願している。もっとも、エジソンの場合は内容が不鮮明で許可されなかったんだけどね」
「ふぅん」
一応の相槌は打ったものの、アルフが話を理解しているかは分からない。というより、マカロンに手を伸ばしながらでは理解できるものも出来ないだろう。
「僕は精神世界のことについて考えた。約四ヶ月前、母さんと話し合ってた時にふっと思いついたことを研究してみようと思った。だから、その話に当てはめるとその時陽も考えてたってことなのかな」
癪だけど、と呟いて、レオンは手元のソーサからカップを持ち上げた。
手をわずかに動かして、揺らめく液体の表面を見つめる。明かりを反射した表面は、歪んだレオンの顔を映していた。
「でもさ」
バニラのマカロンを手に取ったアルフは、その滑らかなマカロンを見た後、うーんと首を傾げた。
「お前の説明はなんとなく分かったけど。ようはアレだろ? 自分が頑張って書上げたものが、すぐ前に似た人がいたから発表できなかったってことで落ち込んでるんだろ?」
「うるさいな、誰が落ち込んでいるって?」
「じゃ、イラついてるとでも。でもそんなん考え方次第だと思うけど」
「……何が」
「だってさー、たとえば一人の人間がいたとするよ? 小説家を目指していたとして」
いいながらアルフは、手に持っていたマカロンを人間に見立てるかのように大皿に置いた。
「で、ネタを考えて小説を書いた。そしたら同じようなネタを書いた人間がいた」
そのマカロンの隣に、薄紫のマカロンを置く。
「でもさ、その人間は自分の考えを書いたわけだ。たとえネタが被っていたとしても、読む人間が同じだとしても、さすがに書き方とか落ちくらいは違うだろ?」
編集者のつもりなのか、並べた2つのマカロンの前にも一つ。
「確かに書いたもん勝ちだよな。だけど、被ればネタは同じでも作風は違う。要は自分の考えを書いて、選ばれれば本当の勝ちだ。それで負ければ本当に踏ん切りもつくかもしれないし? レオンはさ、書いても同じネタの人がいるからって帰ってきちゃったんだろ?帰るべきじゃなかったんだよ。だから今、イライラしてる」
はたりとレオンの動きが止まった。
持ち上げた紅茶でさえもとまり、まるで珍しいものを見たかのようにアルフを見つめている。視線にやや居心地が悪くて足を組み替えた。
「……驚いた。アルフってば、頭良かったんだ」
「なっ!馬鹿にしてんのか!?」
「頭良かったんだって言ってるじゃん。褒めてんだってば。いや、本当に驚いた。ここまで驚いたの数年振り」
「そこまで言うか……」
これでも一応進学校に通っているのに、と、心なし傷ついたアルフだ。ただし、スポーツ推薦で入ったのでレベル相応の頭脳があるかは別物だ。
だが、レオンは本当に驚いたようで、カップをソーサに戻すと腕を組んでなにやら黙考し始めた。
しばらく経って席を立ち、窓際に置かれた机まで歩いて、引き出しから分厚い紙の束を取り出した。右上をクリップで留めてあり、大きさはB5くらいだろう。
ソファに戻って腰を沈めると、その紙を見直すように目を通した。
「そっか……」
ボソリと呟く。
「言われて見ればその通りかも。帰るべきじゃなかったのかもね。せめて発表すべきだった」
「それレポート?」
「うん。読む?」
「いや、いい」
どうせ分からないからと断ると、残念そうに、そう、とまた紙をめくった。
「そう――うん、そっか。そうかもね」
なにやら一人で頷いているレオンの中では、何かが勝手に自己完結されたようだ。
レポートを表紙まで戻して硝子の机に投げ出し、この日初めての笑顔を浮かべた。
「ありがと、アルフ。なんか分かった。君に諭されるとは思わなかったけど」
「……だからさー」
「別に馬鹿にしてるわけじゃないって。気に障ったなら謝るよ。マカロン、沢山あげるよ。どうせ僕食べないから」
「! マジで!」
胡乱気にしていた様子から、一気に嬉しそうに笑う。まったく、感情を出しやすいのはいつになっても変わらないと思う。気がつけば、アルフとの付き合いも十年という年月が経っていた。幼馴染といおうか、腐れ縁といおうか。
だが、アルフは嘘がない。
取り繕い仮面を被ることが日常のレオンが、唯一自分を曝け出せる相手でもある。
まっすぐで、純粋。そして明るい。馬鹿かと思えば、時に思いもよらないところで救われることがある。
初めて会った時、レオンは家の扉を閉じた。それきりのはずの出会いは、次の日も扉を叩かれることによって増えた。初めて言葉を交わしたのはそれから一週間後で、レオンの最初の言葉は「馬鹿ですか」だったが、その縁は切れずに今でも繋がっていた。
お隣だから、とか、アルフが来るから、ではなく、心のどこかで救われている自分を自覚するから拒絶できないのかも知れなかった。
どこかで鳴き出した鈴虫の声に耳を澄まして、笑顔のアルフから視線を巡らす。
窓の外の夕焼けは、最近まれに見る美しさだった。
改稿しても、笑いがないのは相変わらずですが(笑
レオンとアルフのシリーズは、これを除けば最後に書いたのはもう1年も2年も前です。
ありきたりなキャラなりに、愛着はあるので、また受験がひと段落したら書きたいです。
ありがとうございました。
日に焼け、しなやかに伸びた手足は上下黒の衣服に包まれている。髪と瞳はブラウン。相変わらずよく笑う。
「アルフ行儀悪い。いつ来たの」
「や、大分前。お前すでに寝てたわ」
足を戻しながら答えるアルフに、相槌を打って起き上がる。少々寝すぎたせいか、独特の気だるさがあった。
「昔の夢見たよ。アルフと初めて会ったときのこと」
窓際の椅子を立ち上がったアルフが、レオンの起き上がったソファの向かいに腰掛ける。部屋の中央に配置されたやや柔らかめのこのソファは、たまたま専門の家具店に行った際に、気にいってその場で購入したものだ。色は深い茶色で温かみがあり大きさは2メートル弱。四角い硝子テーブルを挟んで向かい側にももう一つ同じソファが置かれている。
「ああ、あの時……あの時お前、俺が引越し挨拶に行ったのに、何も言わないうちからドア閉めたよな、確か」
「だって必死に手伸ばしてドア開けてさ、会った相手が能天気に笑ってる幼児だよ? あの時僕の嫌いなものベスト三で、一が幼児だったから」
「お前も充分幼児だったろうが。あんときお前何歳だ? 確か俺が七歳?」
「四歳だね。……同じ年頃の子供の煩さと自己中さにつくづく嫌気が差してね。母さんが慣れもしないのに近所の公園デビューなんて狙ったりするからなおさら」
「小さい子って可愛いと思うけど」
「三,四歳は可愛いけど、煩いし、自己中。あの世界は全て思い通りになる、みたいな考え方が嫌だね。中には大人に媚びてほしい物買わせたりとかさ」
「……いや、子供でそこまでは……ってか、お前はやらなかったのか?」
「やったよ。だからかな。同類嫌悪?」
「おまえなぁ……」
ソファに両足を上げて、先ほどアルフが取った姿勢と同じように蹲る。足首を手で掴んで、両膝に顔を埋めた。
行儀が悪いと指摘されながら、同じ姿勢をとったレオンに不満を言おうとして、ふといつもと違う様子に気がついた。
「……おまえ、何イライラしてんの」
「してないよ。寝起きだからじゃない」
「じゃないだろ。何かあったのか」
「……」
重ねて問うと、両膝に顔を埋めたまま、しばしレオンは黙り込んだ。
柱時計の振り子が規則的に振られる音だけが響く。数週間前までこの時間帯はひぐらしの鳴き声がしたものだが、いつのまにか季節は過ぎていたらしい。
自分の膝を見つめていたレオンが、深いため息をついた。
「あーやだやだ。アルフにまで指摘されるようじゃ相当だよね。イライラする」
「俺にまでって――いいけど。で?」
「うん。この頃僕さーレポート書いてたじゃん? 精神世界についての考えと、精神がどこに宿るかの論文」
「ずっとやってた奴な。学会昨日だったんだろ?」
「そ。明確な答えは出てないけど、自分なりには結構満足のいく出来だったんだ。それがね……陽と被った」
口に出すと思い出すのか、見るからに機嫌が急降下していく。
陽というのはレオンの学会友達で、大学院の学生でありながら研究室に閉じこもってばかりいる。アルフもレオンに連れられていった学会で、一度だけ会ったことがあるが、持った印象は『変人』の一言につきる。類は友を呼ぶものである。
「ほんっと信じらんない! 発表僕の2人前だよ? しかもムカつくのは僕より整理できててじいさん達も感心してたし! 言える訳無いから帰ってきたんだけど、それで僕の四ヶ月の苦労がパーだ」
「あー……そりゃ、お疲れ様」
気の利いた慰め文句も言えず、お疲れ様としかいえない。機嫌が直らないようで、膝の間からぎろりと睨まれた。
慌てて言葉を探して、ふと自分も過去に同じような経験を持つことを思い出した。レオンと比べられはしないが、高校2年の夏、宿題の作文がクラスの秀才と被り、やけに居心地の悪い思いをした覚えがある。
「まぁ……そんな時もあるよな。ほら、俺も去年作文とかやって被ったから。居心地悪いよな」
「アルフの作文と比べないで欲しい……」
「や、じゃなくて! 俺も少しは覚えがあると」
「分かってるよ、ごめん、やつ当たり――まあね、わかってはいたんだけどさ」
「何が」
聞き返したアルフに、すぐには口を開かなかったレオンが、急に体勢を直して立ち上がった。扉の方へと向いながら、足を止めずに肩越しに振り向く。
「紅茶でも飲む? 良いのが入ったんだけど」
「いや、俺は――ってか、話は」
「僕が喉渇いたの。飲みながら話そうよ。今ならなんと、お茶請けにイギリス王室御用達、特製マカロン付き」
「飲む!」
実はマカロンはアルフの好物である。扉を開けたレオンは、はいはいと笑って扉の向こうに消えた。
レオンの持ってきた紅茶は、香りが高くて驚くほど美味しかった。ポットと一緒に載せられてきた箱には『Earl Grey Classic』と印字されている。
繊細な絵柄で植物の蔦が描かれているカップは何処メーカーのものかは分からなかったが、名前を聞いた所で意味はないのであえて聞きはしなかった。
青を基調とした一つの大皿にまるで色彩見本のように並べられているマカロンは、まずその色合いに感心した。ちなみに数は八個ある。
「はー……紫? ブドウ?」
「なわけないでしょ。ラベンダー。ラベンダー、カカオ、バニラにカフェ、フランボワーズ、アールグレイ、アニス、ピスターシュ」
「ピス……? どれが?」
「黄緑。ピスタチオ風味のクリームが入ってる。あ、アールグレイだけ頂戴。あとは食べていいから」
「マジで!? 食っていいの?」
「まだあるし。おば様とかにも持って帰るなら後でお土産で持たせるよ」
「わーラッキーやったね」
早速淡い紅茶色のマカロンに手を伸ばすアルフを見ながら、レオンは紅茶を口に含んだ。良い加減で茶葉が開き、香り高い。
「さっきの話に戻るけどさ、天啓って信じる?」
「ふぁ?」
マカロンを口に頬張ったまま、怪訝そうな顔だけ返してくる。その間も手と口は止めないのだから、食い意地がはっているのか、それほど好きなのか。アルフを食事会には連れて行けないな、と改めて思う。
「――ん。なに、典型?」
「天からのお告げ、みたいなもんかな。天啓」
「あまり。それが?」
ピスターシュと説明された黄緑色のマカロンを、しげしげと眺めて口へと運ぶ。口を動かした後に輝いた顔を見ると美味しかったらしい。
「前に人から聞いたことを自分で整理したことなんだけどね」
自分の考えではないのだと前置きして、レオンも紅茶のマカロンを口へと運ぶ。外はサックリ、中はしっとりとしていて美味しい。ただし、少々甘すぎる。
「人間ってさ、これだけの人数がいるからやっぱりある程度考えることは似ると思うんだよね。小説家とかが分かりやすいかな。その人が言うにはさ、小説家がネタを考える瞬間っていうのがあるんだって。で、その瞬間、世界中では似たようなことを何人もの人が考える。それこそ、瞬間的にとか、じっくり考えてね」
「それで」
「だからさ、ネタっていうのは被りやすいんだよ。別に盗作ではなくて、同時に複数の人が同じようなネタが思い浮かぶ。ただし、それを実行した早さで功績をモノにするんだ。有名な人だとベルもそうか」
「ベルって?」
「電話作ったといわれている人。アレクサンダー=グレアム=ベル。
彼が電磁石を使ったマイクの原理で電話機の特許を出願したとき、その二時間後にイライシャ=グレイが液体抵抗式マイクを使った電話機の特許を出願したし、ベルの出願のおよそ2ヶ月前にはかのエジソンも特許を出願している。もっとも、エジソンの場合は内容が不鮮明で許可されなかったんだけどね」
「ふぅん」
一応の相槌は打ったものの、アルフが話を理解しているかは分からない。というより、マカロンに手を伸ばしながらでは理解できるものも出来ないだろう。
「僕は精神世界のことについて考えた。約四ヶ月前、母さんと話し合ってた時にふっと思いついたことを研究してみようと思った。だから、その話に当てはめるとその時陽も考えてたってことなのかな」
癪だけど、と呟いて、レオンは手元のソーサからカップを持ち上げた。
手をわずかに動かして、揺らめく液体の表面を見つめる。明かりを反射した表面は、歪んだレオンの顔を映していた。
「でもさ」
バニラのマカロンを手に取ったアルフは、その滑らかなマカロンを見た後、うーんと首を傾げた。
「お前の説明はなんとなく分かったけど。ようはアレだろ? 自分が頑張って書上げたものが、すぐ前に似た人がいたから発表できなかったってことで落ち込んでるんだろ?」
「うるさいな、誰が落ち込んでいるって?」
「じゃ、イラついてるとでも。でもそんなん考え方次第だと思うけど」
「……何が」
「だってさー、たとえば一人の人間がいたとするよ? 小説家を目指していたとして」
いいながらアルフは、手に持っていたマカロンを人間に見立てるかのように大皿に置いた。
「で、ネタを考えて小説を書いた。そしたら同じようなネタを書いた人間がいた」
そのマカロンの隣に、薄紫のマカロンを置く。
「でもさ、その人間は自分の考えを書いたわけだ。たとえネタが被っていたとしても、読む人間が同じだとしても、さすがに書き方とか落ちくらいは違うだろ?」
編集者のつもりなのか、並べた2つのマカロンの前にも一つ。
「確かに書いたもん勝ちだよな。だけど、被ればネタは同じでも作風は違う。要は自分の考えを書いて、選ばれれば本当の勝ちだ。それで負ければ本当に踏ん切りもつくかもしれないし? レオンはさ、書いても同じネタの人がいるからって帰ってきちゃったんだろ?帰るべきじゃなかったんだよ。だから今、イライラしてる」
はたりとレオンの動きが止まった。
持ち上げた紅茶でさえもとまり、まるで珍しいものを見たかのようにアルフを見つめている。視線にやや居心地が悪くて足を組み替えた。
「……驚いた。アルフってば、頭良かったんだ」
「なっ!馬鹿にしてんのか!?」
「頭良かったんだって言ってるじゃん。褒めてんだってば。いや、本当に驚いた。ここまで驚いたの数年振り」
「そこまで言うか……」
これでも一応進学校に通っているのに、と、心なし傷ついたアルフだ。ただし、スポーツ推薦で入ったのでレベル相応の頭脳があるかは別物だ。
だが、レオンは本当に驚いたようで、カップをソーサに戻すと腕を組んでなにやら黙考し始めた。
しばらく経って席を立ち、窓際に置かれた机まで歩いて、引き出しから分厚い紙の束を取り出した。右上をクリップで留めてあり、大きさはB5くらいだろう。
ソファに戻って腰を沈めると、その紙を見直すように目を通した。
「そっか……」
ボソリと呟く。
「言われて見ればその通りかも。帰るべきじゃなかったのかもね。せめて発表すべきだった」
「それレポート?」
「うん。読む?」
「いや、いい」
どうせ分からないからと断ると、残念そうに、そう、とまた紙をめくった。
「そう――うん、そっか。そうかもね」
なにやら一人で頷いているレオンの中では、何かが勝手に自己完結されたようだ。
レポートを表紙まで戻して硝子の机に投げ出し、この日初めての笑顔を浮かべた。
「ありがと、アルフ。なんか分かった。君に諭されるとは思わなかったけど」
「……だからさー」
「別に馬鹿にしてるわけじゃないって。気に障ったなら謝るよ。マカロン、沢山あげるよ。どうせ僕食べないから」
「! マジで!」
胡乱気にしていた様子から、一気に嬉しそうに笑う。まったく、感情を出しやすいのはいつになっても変わらないと思う。気がつけば、アルフとの付き合いも十年という年月が経っていた。幼馴染といおうか、腐れ縁といおうか。
だが、アルフは嘘がない。
取り繕い仮面を被ることが日常のレオンが、唯一自分を曝け出せる相手でもある。
まっすぐで、純粋。そして明るい。馬鹿かと思えば、時に思いもよらないところで救われることがある。
初めて会った時、レオンは家の扉を閉じた。それきりのはずの出会いは、次の日も扉を叩かれることによって増えた。初めて言葉を交わしたのはそれから一週間後で、レオンの最初の言葉は「馬鹿ですか」だったが、その縁は切れずに今でも繋がっていた。
お隣だから、とか、アルフが来るから、ではなく、心のどこかで救われている自分を自覚するから拒絶できないのかも知れなかった。
どこかで鳴き出した鈴虫の声に耳を澄まして、笑顔のアルフから視線を巡らす。
窓の外の夕焼けは、最近まれに見る美しさだった。
改稿しても、笑いがないのは相変わらずですが(笑
レオンとアルフのシリーズは、これを除けば最後に書いたのはもう1年も2年も前です。
ありきたりなキャラなりに、愛着はあるので、また受験がひと段落したら書きたいです。
ありがとうございました。